【狂28】マエラシ その2

94/9/19

■イルカ漁は、小さなカヌーで炎天下の外洋に漕ぎだし、イルカの群を見つけると、水中で石を打ちながら20キロ以上離れた岸まで追込む集団漁だ。南太平洋のソロモン諸島の中でもこの地域だけに伝わる特別な漁である。人類学を学ぶ私はこのイルカ漁を調べるため、すでに3回この村に足をはこんでいた。人口150人ほどの小さな村ではあるが、人々は私を歓待してくれ、このごろは村の一員としてイルカ漁にも参加できるようになっていた。オイウ老人が聞いた「髪の毛ガチガチ事件」もそんなイルカ漁に出た日におきたできごとである。

■イルカが見つからないまま漁から帰ってきた2日前の金曜日のことだ。バケツにためた雨水でもあびようと石鹸を頭にこすりつけた時、私ははじめて異変を感じた。髪の毛がてんで勝手な方向をむいて固まっているのだ。私ははじめ塩のせいだと考え、水で流そうと試みたが、妙に粘りつくこの髪の毛は、おどろいたことに水をはじいてうけつけなかった。石鹸もきかない。なんとかしようとすればするほど事態は悪くなっていくようだった。山門の仁王のように変わり果てた頭を人々に笑われながら、すったもんだしていると、騒ぎを聞きつけてやってきた村一番の物識りであるエメリおばさんが、

「これを頭につけなさい」

と小さな瓶をわたしてくれた。小瓶の中にはヤシの実からとった油が入っていた。いわれたとおりその油を頭につけ櫛でのばすと、みるみるうちに灰色のアクのようなものが櫛の根元にたまっていき、私の髪の毛は柔らかくもどったのだった。

■この事件はまたたくまに村中のうわさになった。オイウ老人もだれかからこの話をきいたのだろう。テレビも映画もない村の生活にとってうわさ話ほど人々を喜ばせるエンターテーメントはない。もしそのうわさがよほど印象深ければ歌にされてしまうことだってある。ガチガチに固まって逆立った私の髪の毛が、のんびりと平和な村の日常生活に格好の話題を提供したのは、まあしかたのないことである。むしろ、渦中の人物の私としては、人々が笑いながら話かけてくるのがうれしくもあった。

■しかし、ひとつだけ私が辟易していたのは、この事件の「原因」に関する根拠のない説明である。


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