「ほっほっほっ。そと海の水はきついでの、気をつけんといかんぞ。今度からカヌーの中で寝る時は木の板を頭にしいて髪の毛をぬらさんようにするんじゃな」
■オイウ老人は楽しそうに笑った。やはり、オイウ老人もまちがった説明を信じていた。
「ちがうんです、オイウ老人。ぼくはカヌーの中で寝ていたんじゃなくて、暑いから海の水をくんで頭にかけていたんです」
■村人のあいだでは、私がイルカ漁の最中ずっと暑さにまいってカヌーの中で寝ており、カヌーの底にたまっていた海水のせいで髪の毛がガチガチになったのだ、と説明されていた。このいかにも不名誉な誤解をとくため、私は海水を自分でかぶっていたのだと強調した。
「でも女たちはみんな、タケはカヌーで寝ておったといっとるがの。ほっほっほ」
■オイウ老人はまた笑った。私は弁明をくりかえした。
「だからちがうんですよ、暑かったから海水を頭にかけていたっていうのが『本当の話』なんです」
■わたしがこう言うと、オイウ老人は真顔にもどり、さとすような口調で言った。
「『本当の話』というがの、タケ。いくら暑いからといって、自分からすすんで海水を頭にかける人間はおらんよ。そと海の水はきついからの」
■私がすこしむっとした顔になったのを知ってか知らずか、オイウ老人はつづけた。
「女たちはタケがカヌーで寝ておったという。じゃが、タケは海水を頭にかけておっただけという。つまりじゃ、『本当の話』というのはこういうことじゃないかの、女たちがしていたのはタケの髪の毛が固くなったという話なんじゃ。おまえさんが髪の毛をガチガチにするために海水をかぶっていたというのなら、そりゃ別の話にせなならんのう」
■私はオイウ老人の言葉の意味がよくわからなかった。はたしてこの老人に私の訴えがわかってもらえたのだろうか。
「じゃあ、ぼくの言っていることは『本当の話』じゃないんですか」
「ほほほ、そういうことじゃの。タケの話は『もしこうであれば、ああであった話』じゃの」
■『もしこうであればああであった話』オイウ老人のこのややこしいいいまわしに、私は考えが混乱してきた。