豊年エビ

[KOK 0206]

02 Jun 2002


近くの田圃に遊びに行く。田植えの季節である。

われわれの子供時代にすでにタニシやドジョウ、タガメなどの農薬に敏感な生物たちはかなり珍しくなっていたが、最近はさらに状況が悪化してメダカとトノサマガエルの姿を、ほとんど見かけなくなったといわれている。

こくら日記204ではあっけなく謎の生物の正体がわかってしまったが、こんどこそもっと変わった奴はいないかと、田圃をのぞき込みながらあたりに目を凝らす。

水中に漂う黒いふたつの目玉。あれっメダカ?とおもってよく見ると、無数のひらひらとしたヒレが見える。なんだこれ。姿形はアノマロカリスの小型版。エビのようでエビではない。すくおうとするとひっくり返しの姿勢で泳ぎ出す。

カブトエビ?いえいえ残念ながらカブトエビではなかった。こいつの正体はホウネンエビ。かつてシーモンキーという名で市販されていたブラインシュリンプの近縁種。こちらは日本の田圃などに広くみられ体長3センチにもなる淡水生物だ。エビといってもミジンコ亜綱(鰓脚類) (Branchiopoda)の一種で、むしろカブトエビやミジンコの仲間。

田植え人の足跡にできた水たまりに群がっている。かわいい。夢中で瓶に集めていると、農作業をしていたおばさんが話しかけてきた。「なにが、いるね」「ホウネンエビです」瓶の中をのぞき込むおばさん。「ああ、この辺によくいるやつねぇ。ホウネンエビっていうの?」「こいつがたくさんいる年は豊年らしいですよ」

「うちの田圃はここひとつだけ無農薬だから、かわった生き物がたくさんいるね」。そういえば田圃によってホウネンエビがいないところもある。

「この辺はアイガモ農法をされている方もいるようですね」ふきんの田圃にカモがいたのを見かけたので聞いてみた。「ああ、あれ。あれは勝手にくるっちゃ。田植えしたあとにああやって水草を食べとるね。ときど昼寝もするんよ、かわいいねぇ」

なるほどアイガモ農法というのは唐突に生まれたわけではなくて、そういう日常的な風景のなかから発想されたのか・・・。

「ここ以外にも無農薬の田圃はあるんですか?」「そうね無農薬の田圃はヘビがおおいけんすぐわかるよ」「ヘビ?」「無農薬の田圃は、畦に除草剤まかんし、消毒もせんけ、ヘビもわかるんやねぇ」

ミジンコにはじまってコエビ、昆虫、オタマジャクシ、魚、カエルそしてヘビにいたる食物連鎖がこのわずか50メートル四方の水系のうちに完結しているのだ。


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それにしても「消毒」とはなんという皮肉な言葉だろう。かつてまだ農薬の毒性がこれほど問題になっていない時代から、日本の農業では農薬散布を「消毒」と呼んできた。そしてその言葉を信じて無自覚に毒をまいているうちに、いつのまにか田圃の中の雑多な生き物たちは「浄化」されてしまったのだ。(さらに正確に言うならば農「薬」ではなくて農「毒」と呼ぶべきであろう)。

言葉は魔法である。「安全のための準備」という言葉の実体が「戦争のための準備」であるように、無自覚にここちよい言葉を信じていると、しらずしらずのうちに「安全」という名の大義名分が大手を振ってもっとも「危険」な道へとわれわれを導いていくのである。

田圃でつかまえたホウネンエビたちは、今うちの水槽でのんびりと水中を漂っている。農家の人々の豊年への願いこそが豊年エビの激減をまねいた、そんな事実を知ってか知らずか。


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Takekawa Daisuke