[KOK 0266] こくら日記のトップページにとぶ 14 Dec 2005

北九州市場(イチバ)大学

 

大学の公開講座の制度を利用して、北九州市の都心にある旦過市場などで全5回の講演をおこなっている。題して「北九州市場大学」。

北九州市場大学

ふつう大学の公開講座というと、宣伝もかねて地域貢献のアリバイがほしい大学と、定年後の時間をもてあました受講生の微妙な利害が一致したあたりをねらって企画される、ややハイレベルな文化講演会なんていう感じのものが多い。そして大方の場合、それにおとなしく出席していれば修了書をもらえる。

講師が学外に出ることもさることながら、会場が市場のどまんなかで、年末の買い物客の雑踏と店々の呼び込みの声の勝負しながらおこなわれる公開講座などこれまであっただろうか。日本には辻説法という伝統があるが、西洋の歴史を中世までさかのぼっても、大学が市場に登場すること自体たぶん前代未聞である。「北九州市場大学」は、まさに歴史的な画期的試みなのであるが、残念ながら多くの人々やマスコミはまだそれに気づいていないようだ。

市場を語る・市場で語る・市場が語る。これが、公開講座の副題。講師は大学から3人、市場から1人。対面的なコミュニケーションを大きなテーマとして、さまざまな角度から市場を語る。受講生もまた市場という舞台に役者として参加する。

北九州市場大学

1回目は私がおこなった講演「世界の市場・市場で人類学を売る」。一通り市場を見学したあと、世界の市場(といってももっぱらアジア・オセアニア方面であるが)のスライドをみながら、人類にとっていかに市場が普遍的な存在であるか、贈与と交換論を交えながら、人類学のエッセンスをひとふり。

リアルお店屋さんごっこ

2回目は、旦過市場の八百屋さんである近藤さんがおこなった「リアルお店屋さんゴッゴ・大学で市場を語る」。受講生たちはお店とお客の二組に分かれ、お店側はそれぞれ品質の異なる温州ミカンを競り落とし、机を自分の店にみたてて採算がとれるように値段を決め販売を開始する。お客さんは付箋紙のお金をもってそれぞれの店をまわり品定め。最後の5分は、在庫一掃のタイムサービス。最後に売り上げと収益の報告をし、客とお店のそれぞれの感想を述べあう。

リアルお店屋さんごっこ

わずか1時間弱のシミュレーションだったが、見ていて面白い発見がたくさんあった。たとえば、はじめはどの店も同じようにミカンを売るのだが、しだいに差別化をはかり始める。お客さんが(他の店ではなく)その店で買うための「きっかけ」がほしいのに気づくからだ。一方、お客さんからは遠慮してなかなかもちかけにくい値引きの交渉だが、むしろお店の立場からは「まけて」といわれたほうが楽で、その一言で売るための「きっかけ」を得るわけである。小さな規模ながら、現実の市場で起きているさまざまなやりとりが再現されるあたりが面白かった。

北九州市場大学

3回目は先週の土曜日だった。講師は文学部の木原さん。演題は「市場のシェークスピア・市場で比較文化を売る」。世界中の大学でもっとも研究されている文学作品シェークスピア。しかし彼を生み出したのはロンドンの市場だったという。市場にはあらゆるものが集められ、人が群がり、その人々を相手に演劇が興行された。宿屋のテラスから中庭をのぞくそんな舞台装置をそのまま受け継いだ中世の劇場は市場の中に作られ、そこには猥雑な笑いを欲する大衆が集まり、悲劇やロマンスを求める貴族が立ち寄り、高度な物語性を期待するインテリ批評家が集まった。

シェークスピアの戯曲はこうした雑多な人々との、交渉と選択の中で鍛えられのだという。実はシェークスピアの肖像にも2種類あって、我々がしばしば眼にする絵はアカデミズムの中で権威の象徴として描かれたもの、もう一つの若き好青年の肖像こそが、市場で芝居を売っていたシェークスピアだったのだという。印刷技術が発達していない時代に、文学がどのように人々に売られていったのかが非常によく解る、まさに目からうろこが落ちるような発表だった。

そして講演者の木原さんもまた、自分の講義を市場で売るというメタレベルの姿を観客に見せることによって、シェークスピアに挑戦していたのである。

さて、市場大学は、あと2回予定されている。12月24日とあけて1月14日である。さらに、2月には「リアルお店屋さんごっこ」を実際の市場でやってみようという新しい企画も立ち上がった。公開講座が終わっても市場大学は終わらないのだ。

北九州市場大学

ヒートアップし続ける市場談義がこの先どこに漂流するかは解らないが、私の頭の中にはすでに、市場そのものをひとつの劇場にしてそこを舞台に同時多発的に物語が進行する「北九州イチバ劇場」のアイデアが生まれている。今でも市場のそこかしこには偶発的な演劇性が内在しており、それこそが市場における「祝福された交換」を脈々と伝えているのだ。


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