[KOK 0241] こくら日記のトップページにとぶ 10 Apr 2004

世界新秩序

 

ふたつの世界がぶつかって
宇宙の秩序が乱れたとき

心の安寧を回復するために
人々はなにを求めるのだろうか

ふたつの世界の感情的なわだかまりは
いったいどれほどの暴力による強権と
いく人の死をもって贖われるのであろうか

気球

古来より人は、
宇宙の秩序を回復するために
さまざまな儀式をおこなってきた

怒りを悲しみに
恨みを悼みに
不安を平静に変えるための
特別な儀式をおこなってきた

人類の歴史を概観すると
戦争もまた儀式のひとつであった

だがそこで求められていたものは、
強弱の決着ではなく
ましてや屍の数の多寡でもなかった

気球

近代における戦争観の根本的な誤りは
勝ち負けという名の合理性のもとで
そのすべてを説明しようとしていることだ

国民は全員が死ぬまで国家に忠誠をつくし
総力戦をもって相手を屈服させるべしという
その合理性こそが
殲滅作戦に意味を与え
歴史上未曾有の大虐殺を正当化した
原爆という大量破壊兵器が有効なのは
そこに住むすべての人間を消し去ることができるからだ

しかしながら実際のところ
近代の今においても
戦争とは合理性の問題ではなく
象徴性の問題として説明されるべきなのである

その証拠に戦争の報道を見るがいい
人々が心を寄せる建物を破壊したり
征服者が銅像に紐をつけて引き倒したり
血眼になって相手の大将を探し出そうとしたり
相手の戦力とはほとんど無縁なシンボルに
私たちがこれほどまでに執着するのはなぜだろうか

気球

そこで人類学者の私は
不毛な合理性にかわって、
豊穣な象徴性に基づく
新しい世界秩序を提案したい

ふたつの世界の軋轢が高まって
戦争が避けられなくなってしまったとき
失われた安寧を回復するために
私たちは自らの首長の生命を相手にさしだそう
そのかわり相手もまた自らの首長の生命を贈りかえすのだ

王や首長とは
そうしてすべての人々の怒りや恨みや不安を背負う存在であり
だからこそ尊敬を受けるのである

戦争を終わらせるためにもう原爆なんていらない
不合理に見えるかもしれないが
戦争を仕掛けた方も仕掛けられた方も
それぞれが愛する首長の死をもってそれを贖う
数え切れないほどの兵士や市民の死のかわりに
たったひとりの首長がすべてをひきうけるのだ

気球

さて、フセインを捕らえたアメリカよ
お返しにブッシュをさし出そうではないか
それで戦争は終わる

私たちは幾百の兵のかわりとなった首長の死を悲しみつつ
英霊として丁重にあつかい敬うことだろう
いつの時代でも王や首長として選ばれた人間は
人々の生命を背負うべき運命と引き替えに
そうして権力を預かるのだ


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