ソロモン諸島のイルカ漁Ver.060909 [CopyRight] Takekawa Daisuke & Ethel Falu 1995,2006 [Japanese] [Solomon Pijin] [Lau] [English] 目次ソロモン諸島ってどんなところ?
Dolphin Hunting in Solomon Islands ソロモン諸島ってどんなところ?【赤道の南にある珊瑚礁の島々】
■南洋の回廊「ソロモン諸島」は、パプアニューギニアの東に位置する多数の島嶼からなる独立国だ。首都のあるガダルカナル島周辺の海域は、第二次世界大戦中に日本軍とアメリカ軍の激戦地となったことでよく知られている。■現在では、カツオやマグロなどの遠洋漁業の基地として、日本とのかかわりも深い。 ■人口30万人ほどのソロモン諸島の国民のほとんどは、がっちりとした体格とちぢれた髪の毛をもつメラネシアの人々である。この地域は数多くの土着語があることで知られており、それぞれの言語集団間の共通語として、英語をもとに作られたピジンと呼ばれる独特な言葉が用いられている。
■首都や街をのぞけば、いまでも人々の多くは小さな村落にすみ、焼き畑や漁撈を中心とした自給的な生活をおくっている。
【お金や装身具として使われるイルカの歯】■ソロモン諸島では、貝や鳥の羽根、動物の歯などを使った伝統的な貨幣が、広く流通している。多くの島々のなかでも、伝統的な習慣がもっともよくのこされているといわれるマライタ島では、イルカの歯を利用しためずらしい貨幣が使われている。■写真の少女が身につけている頭飾りや胸飾りなどの装身具に注目してほしい。するどくとがったイルカの歯が贅沢に使われている。イルカの歯は、貨幣として流通するだけではなく、貴重な財貨として女性たちの装身具にも用いられているのである。海の宝が細やかに組み合わされたこうした飾りは、なかなかに美しいものである。
■そして、このイルカの歯を供給できるのは、「イルカがやってくる」特別な村に限られている。こうした村では石の音とカヌーだけを使った伝統的なイルカ漁がおこなわれている。それは、大洋の上でくりひろげられる壮大な漁である。それでは、つぎにこのイルカ漁のようすをみていくことにしよう。
Dolphin Hunting in Solomon Islands はるか沖合でイルカを探す男たち【イルカ漁の季節がはじまった】■マライタ島南部でイルカ漁をおこなっている村は、人口150人ほどの小さな村である。毎年1月から3月、東から吹く貿易風がとまると、イルカ漁の季節がはじまる。シーズン中はほぼ毎日、村の男たちが総出で小さな丸木船のカヌーにひとりずつのり、20kmちかくの沖合まで出漁する。
■イルカ漁は、非常に高度な技術をともなう集団漁である。チームワークが漁の成否をきめる。そのために、しばしば村の寄合小屋で追い込み手順の確認と、若者たちのためにレクチャーがおこなわれる。写真の老人は漁のリーダー格の漁師で、カヌーの船団でイルカをU字形に追い込むようすを、腕を使って表現している。作戦会議である。
【追い込みのアニメーション】■未明に村をでた男たちは、灼熱の海の上でイルカを探す。つかみどころのない大海を、小さなカヌーだけを頼りに、なみにまかせて漂いながらひたすらイルカを待ち続ける。■運よくイルカを見つけることができればいいが、イルカの姿さえ見ることができずに村に帰る日も多い。実際に1シーズンのうち漁に成功するのは、わずか7日ほどである。その7日のために男たちは連日海にむかう。 ■海の上にうかぶそれぞれのカヌーからは、追い込みの全体像を把握するのは非常に難しい。すぐ隣のカヌーでさえも水平線上の小さな点となってしまうのだ。熟練した漁師たちは、きわめて限られた情報を最大限に利用して、たくみに追い込みを遂行していくのである。
■ここでは、わかりやすくするために大空から神の視点にたって、陣形の動きを見ている。画面上ではわずか数十秒ほどで再現されているが、実際には小さな手こぎのカヌーで、6時間ちかくかけておこなう壮大な漁であるということを、思いだしながら見てほしい。
Dolphin Hunting in Solomon Islands 海に飛び込んでイルカを抱きかかえる【石を打ちならす音の壁にイルカはもう逃れられない】■直径15センチほどの石をふたつ海中でぶつけあうと、ゴボゴボという低い音が響きわたる。追い込みをおこなうカヌーの船団は、お互いに1キロメートルちかくはなれて、大きくイルカの群をとりかこみながら誘導していく。不思議なことに、イルカたちは、どんなにカヌーとカヌーの間隔が離れていても、石の音の壁をくぐりぬけて、囲みの反対側に逃げることはできない。■しかし、イルカの追い込みはいつも成功するとは限らない。イルカの群れが見つけられなければどうしようもないし、追い込み自体に失敗することもおおい。そんな日は漁の疲れも倍増だ。すべての運を天にまかせた漁の世界は、なかなかきびしいのである。 ■運がよければ外洋からカヌーの船団で3時間ほどかけて、村の近くのマングローブ林までイルカを追い込む。村では女や子供たちがイルカがやってくるのを心待ちにしている。 海の狩猟民としての面目躍如である。男たちの顔はどれも誇らしげだ。
【マングローブの浅瀬でイルカがはねる】■イルカが追い込まれてきた。マングローブの浅瀬でイルカがはねる。大きな歓声が響きわたる。みなれない海でとまどうイルカたちは、もはや逃げ出すすべを失った。男たちは海に飛び込んで、イルカによりそい、そっと体を抱きかかえる。海のなかで見るイルカは、おもわずたじろいでしまうほど巨大だ。しかしイルカたちはとくにあらがう様子もなく、男たちとともに静かに泳いでいる。■海底の泥が巻きあがり、紺碧の海は表情を失い、ぬっぺりとした波がいくつもいくつもゆるやかにうねる。暑い南の海の昼下がりである。 ■一回の漁では平均100頭前後のイルカが捕獲される。マングローブの浅瀬から村の前の浜までイルカを運ぶために、村から大型のカヌーが運び出される。そして、イルカたちは、次々とカヌーにのせられていく。 ■イルカたちは南太平洋を回遊をしている。限られたわずか四ヶ月の間に村人たちがとることができるイルカの数は、そのうちのほんのわずかである。イルカ漁の季節はほかの漁に時間をかけることもできないし、イルカ漁にかける莫大な労力を考えるとこれは決して割のいい仕事ではない。しかし、イルカは彼らの生活や文化にとってかけがえのない大切な存在なのだ。だから彼らはどんなに危険でも海に出る。 ■狩猟には、すでにわれわれが忘れてしまった、動物と人間がおりなす濃密な一瞬がある。今がその瞬間である。この一瞬のために、人は何時間もの忍耐を繰り返す。
Dolphin Hunting in Solomon Islands イルカ漁の季節はひとびとの恵みの時だ【肉は世帯ごとに均等に分配される】■漁の獲物は、均等分配が原則である。漁で活躍した者もしなかった者も取り分は同じだ。それどころか、村に住んでさえいれば、たとえ漁に出ていなくても同じだけの肉を手にする権利がある。だから、もう働けなくなった老人や男手のない未亡人も、食料に不自由することはない。■こんなことを書くと「じゃあ怠け者が得をするのか」なんていう声が聞こえてきそうである。もちろん、村にも怠け者はいる。けれどだれも彼が得をしているとは思っていない。うらやましがられるわけでもない。なぜなら、彼は「ただの怠け者」にすぎないのだから。どうせ同じ一生をおくるのなら「ただの怠け者」よりは「かっこいい漁師」のほうがいいと男たちは考えている。
【ローカルマーケットに集まる海と山の女たち】■陸にあがったイルカの管轄は男の手から女の手に移る。おもしろいことに多くの漁撈民社会でこれに似た原則をみることができる。男たちは、陸にあがったあとの魚には、すでに興味はないのである。イルカの肉をなんども石焼きにして、自分の家で食べるぶんをわけ、のこりをマーケットにだす。こうした仕事はすべて女の裁量ですすめられる。■ローカルマーケットはいつもなら土曜日の昼と決まっているのだが、イルカがとれたときは臨時のマーケットが開かれる。山の上に住む焼き畑の村の女たちが芋やバナナを、海に住む漁撈の村の女たちは海産物をもちより、マングローブ林がきれる入り江の奥に小さな集まりができる。
■イルカの肉はこうして周辺の村々を潤し、貨幣として使うために集められたイルカの歯は、島中の人々の交換と流通の媒体となる。マライタ島のイルカ漁には、人と人のネットワークをなかだちする、きわめて社会的な役割が与えられているのである。
Dolphin Hunting in Solomon Islands 参考文献・参考サイト現地の言葉で「イルカ」を意味します
ここで紹介した村の人々は心からイルカを愛し
Japanese Web-sites ソロモンタイム Solomon Taem. 2000 貨幣としてのイルカの歯 Dolphin Teeth as Primitive Money. 1996 English Web-sites Dolphin Hunting Info. SPC Information Bulletin. 2001 Japanese Books 「ソロモン諸島のイルカ漁」 竹川 大介 ソロモン諸島のイルカ漁にかんする最初の報告論文。おもに、追込みの技術やイルカの分類にかんする記述が中心である。
『動物考古学』 1995 Vol.4 動物考古学研究会 \1600 (B5 pp89)
「イルカが来る村」 竹川 大介 前著より一般向けの内容。イルカ漁の話のほかに、貨幣として流通するイルカの歯についてふれてながら、ソロモン社会においてイルカとはなにかを論じている。
『イルカとナマコと海人たち−熱帯の漁撈文化誌』 1995 NHKブックス 秋道 智彌 編 日本放送出版協会 \950 (B6 pp245)
「イルカ漁の一日」 竹川 大介 イルカ漁の一日をドキュメンタリー風に描いた作品。詳細な記述と著者の目をとおして狩猟としてのイルカ漁を語る。カラー写真多数収録。
『季刊民族学』 1995 Vol.73 季刊民族学編集部 \2000 (A4 pp114) 「イルカ歯貨」 竹川 大介 ソロモン諸島に関するあらゆる情報が満載。イルカの歯を用いた貨幣について報告をまとめた。
『ソロモン諸島の生活誌』 1996 明石書店 \2000 (A5 pp114) English Books "Ecological Knowledge of Fanalei Villagers about Dolphins: Dolphin Hunting in the Solomon Islands 1" Takekawa, Daisuke Coastal Foragers in Transition, Senri Ethnological Studies 42 p 55-65, National Museum of Ethnology 1996 "The Method of Dolphin Hunting and Distribution of Teeth and Meat: Dolphin Hunting in the Solomon Islands 2" Takekawa, Daisuke Coastal Foragers in Transition, Senri Ethnological Studies 42 p 67-80, National Museum of Ethnology 1996 ホームページ [KIRIO] の著作権は 竹川 大介 と エテル・ファル にあります 使用されている写真および原稿の無断転載・無断引用を禁じます このホームページへのご意見ご感想を歓迎いたします またリンクを希望される方はぜひご一報ください [Japanese] [Solomon Pijin] [Lau] [English] |