【狂109】親馬鹿研究第一弾

95/10/20

■はじめに

全国の認識人類学・言語学・発達心理学・認知科学・幼児教育学・動物行動学ファンのみなさまこんにちは。ついでに日本親馬鹿協会(JRA)のみなさんもこんにちは。今回は親馬鹿研究として、ヒトの一歳児の言語獲得を考える上でのひとつのサンプルを語彙辞典の形で提示し、そこに見られる特徴を簡単にまとめたいと考えております。

■対象

竹川 葵 ♀ 1歳5ヶ月

原型
その言葉のもとになったと思われる単語
意味
その言葉が指している意味にもっとも近い範疇をしめす日本語
語用
おもに名詞的な使われ方として、実際にその言葉が使われた対象
解説
解説と補足的な説明

■語彙辞典


マンマ [manma]
原型
まんま
意味
飲食物・ご飯がほしい・ご飯を食べる
語用
ご飯・皿・おかず・飲み物
解説
一番最初に覚えた言葉と考えられる。空腹時には集中的に発せられる。皿とスプーンを持って食べる仕草をする際にも見られ、食べ物や、実際に食事をするという意味だけではなく、その動作自体が抽象化されているようだ。抑揚は最後のa にくる。

バァパバァパ [ba:paba:pa]
原型
ぱたぱた
意味
うちわ様のもの・うちわであおぐ
語用
うちわ・しゃもじ・紙
解説
しばしばあおぐ動作と併用される。このように動詞と名詞が未分化な言葉が多い。扇風機には使われない。バァパバァパで一語であり、バァパだけでは意味をなさない。

ダーチャン [da:chan]
原型
だいちゃん
意味
大介
語用
大介・若い男性
解説
葵には父・母の概念を教えていない。彼女が知る唯一の固有名であると考えられる。まれに、大介が不在のとき別の若い男性をさして、この言葉を発する。この場合、一般化(普通名詞化)なのか、間違いなのか、間男なのか、疑問・質問ととらえるべきか判断がつかない。呼びかけとして頻繁に発せられる。

バッパ [bappa]
原型
はっぱ
意味
植物一般
語用
葉・樹木
解説
はじめは具体的な葉を手にするたびに使ったが、かなり遠くにある梢や樹木そのものに対しても同じ語を用いるようになった。

ワンワッ [wanwat]
原型
わんわん
意味
動物一般・犬・動物のようなもの
語用
犬・猫・水牛・シーサーの像・ぬいぐるみ・人形・犬の絵・犬の鳴き声
解説
犬が意味の中心であるということは何となく理解しているようである。しかし、ぬいぐるみに関しては、ほとんどすべてのぬいぐるみにこの語を用いる。人間には用いられないが人形には使われることがある。「おーおーおー」という興奮を表す音声とともに発せられる。もともと両親は犬を「イヌイヌ」と教えていたのだが、発音しにくいためか定着しなかった(ただし、イヌイヌも犬を指していることは理解している)。

ボーゥ(ポンポン) [bo:u ponpon]
原型
ボール(絵本の中のフレーズから)
意味
ボール・丸いもの・球・円・ボールを投げる
語用
ボール・スイカ・月・電球・絵本の丸い絵
解説
丸いもの一般についてこの語が用いられる。もともとはボーゥといっていたが、最近では、ボーゥポンポンという一連の言葉でボールを指す場合がおおい。丸いものを手にすると、しばしばそれを投げるという動作がともなう。ものの形状が、その機能・動作・言葉と連関するという点で、先にあげた「うちわ」(バァパバァパ)の例に似ている。それにしても、電球が落ちていてもひろって投げようとするので危険きわまりない。

バァン [ba:n]
原型
ばーん・ぽーん
意味
投げる・バーン
語用
解説
先のボールなどを投げる際にこの発声がともなう。それ以外に、ごはんを食べたくないときなど、バァンといってスプーンを捨てる。擬音語かもしれない。ものを投げるという動詞的な意味合いもあるようだが、この言葉がさす名詞はとくに見つかっていない。

ネネ [nene]
原型
ねんね
意味
ねる・ねている状態・ねているもの
語用
寝ている私
解説
これも、 動詞的な意味合いが強い言葉である。 ねている私に対して「ねんね?」ときくこともある。

ダイヂ [daidgi]
原型
だいじ
意味
大事なもの(?)
語用
本・スプーン・おもちゃの車・(など)
解説
一時期非常に頻繁に使われていたことがあるが、この語の指すものの範疇は不明である。もともとは、私の机の上にあるものにふれさせないために教えた言葉であるが、いろいろなものをさしてこの言葉を使うようになった。残念ながら、彼女自身がなにかの意味範疇を意識しながら使っているのかどうかは、観察者の側からは判断できなかった。多くの言葉が漠然ではあるが一定の意味の枠をもって使われているのに対し、やや特異的な言葉である。

アンン [ann]
原型
ばなな
意味
ばなな
語用
ばなな・なす
解説
なぜかバナナと発音できないために、アンンとなるが、両者をまったく区別はしていない。つまり、こちらがバナナと発音しても、アンンと発音しても、バナナであることを理解する。b 音は発音できないわけではないので不思議である。また、どうやら色よりも形状が意味を確定する上で重要であるらしく、まれではあるが、ナスをアンンとよんだことがある。

モモ [momo]
原型
もも(マンマの変形?)
意味
果物一般(バナナをのぞく)
語用
桃・スイカ・パイナップル
解説
スイカは切る前はボーゥであるが、切った後はモモである。

ビンン [binn]
原型
ぶどう(ばななの変形?)
意味
ブドウ
語用
ブドウ・プチトマト
解説
比較的新しい言葉である。

メンン [menn]
原型
めろん(ばななの変形?)
意味
メロン
語用
メロン
解説
比較的新しい言葉である。アンン・ビンン・メンンの3つの言葉は、どれも果物を指す言葉であり、ものの属性が単語の形に反映されたある種の造語であるとも考えられる。

ニャンニャ [nyannya]
原型
にゃんにゃん
意味
ネコ
語用
ネコ・ネコによくにた子犬
解説
ネコはイヌ(ワンワッ)に含まれる概念である。さらに細かく区別するときにこの言葉を使う。

ココ [koko]
原型
かわいいかわいい(?)
意味
帽子・かぶりもの・帽子をかぶる
語用
帽子・水切りザル(かぶる)
解説
原型が不明の言葉である。帽子をかぶらせるために、両親がしきりに「かわいいかわいい」といっていたのを聞いて覚えたのではないかとおもわれる。 一時期はカギのこともココと読んでいた。ka の発音はむつかしく ko になってしまうようである。

マメ [mame]
原型
まめ(マンマの変形?)
意味
豆(食べ物としての)・豆状の食べ物
語用
豆・イチゴ
解説
フルーツ以外には煮豆が好きである。葵は必ずしも、すべてのものを発音と恣意的に結びつけているばかりではなく、マンマ・マメ・モモの一連の言葉を、音の類推から近縁の意味と考えている可能性がある。アンン(バナナ)の例もこれに似る。

バンバン [banban]
原型
ぱん
意味
パン
語用
パン
解説
興味の中心事である食べ物に関する語彙は多い。

テァテァテァ [tyatyaytya]
原型
さかな
意味

語用
魚(食用)・魚(観賞用)・オットセイ
解説
この発音の表記はおそらく正しくない。どう表記してよいのかわからないので、ここではもっとも近いかんじのテァと記載した。おかずとしての魚肉も生きている魚も同じ名で呼ぶが、本人がそれらを同種のものであると認識してるかどうかは疑わしい。同音異義語として使っている可能性もある。

カヂ・カギ [kadgi・kagi]
原型
かぎ
意味
カギ・金属音
語用
カギ・カギをあける・鈴の音
解説
はじめはココ(帽子と同じ発音)呼んでいた。しばしばカギをあける動作(カギの先を小さなすきまに入れてまわす動作)をともなう。

ビーランビーラン [bi:lan bi:lan]
原型
ぶーらんぶーらん
意味
ブランコ・ぶら下がる・ゆれる
語用
ブランコ・ゆれているもの・ゆれている自分
解説
ブランコそのものを表す以外に、ゆれているときに発声される。その意味でパタパタ、バァンとにている。

バッバイ [babbai]
原型
ばいばい
意味
さようなら・手をぱたぱたふる。
語用
解説
人がどこかに去るときに使われる。手をふる動作をともなう。

■考察

以上、葵本人が発声できる単語で、なおかつわれわれが理解可能なもののみをすべて取り上げた。聞いて区別できる言葉はもっと多い。ながながと書いてきたが、わずか21語である。しかし、この21語のおかげで、われわれのコミュニケーションは以前には考えられないほど自由度をました。

はじめて「まんま」という語を発してからここまでおよそ4ヶ月たっている。いまのところ、発音できる音が増えるのにおうじて、語彙も増加しているという傾向が見られる。はなされる言葉はすべて、単語レベルであり文は発生していない。いわゆる一語期の段階にあると考えられる。これらは、非常にかぎられた資料であるが、その中にも興味深い特徴がいくつか散見される。

両親は「アオイ」という言葉を頻繁に発し、本人も自分が呼ばれていることはわかっているが、みずからその語を使った例は観察されていない。同様に「ユウコ(母親)」という言葉も意味はわかるようだが、自分で使うことはない。このことから葵は、言葉をもっぱら外界を指すのに用い、自己や内部を名づけることをしていないという見方ができるかもしれない。それは自我の認識が不十分なためなのだろうか、それともなんらかの世界観を反映しているのだろうか?

それぞれの単語は、一語のみでつかわれ、ふたつの語を組み合わせて文を作るということはない。しかし、すでに単語自体の名詞的・動詞的な役割が意識されているようである。もっともこれらは多くの場合、未分化である。たとえばバァパバァパは「うちわ」そのものを意味するのと同時に「あおぐ」という行為を意味している。使用上は区別しているが言葉の上では区別していない。

またひとつの語が持つ意味範囲は非常に広いが(ex.ワンワッ)。これは、語彙の少なさを補っているとも考えられる。注目すべきは、なにを基準に、どのように意味の範囲を広げて、どこに境界線を引くかという点である。たとえば、両親は限られたイヌの情報しか与えていない(ある特定のイヌであったり、イヌの絵であったりする)にもかかわらず、ワンワッをイヌ一般に敷衍し、鳴き声だけでそれとわかり、さらに動物一般にまでその意味を広げる能力は驚くばかりである。「イヌの絵」と「イヌの鳴き声」と「シマウマ」と「ぬいぐるみ」に共通するもので、それ以外のものとは区別される何かが、ワンワッなのである。なんだろうそれは?

同音異義語に関しては、わりと寛大なようである。ココが「帽子」と「カギ」を同時に意味していたり。葵の例ではないが、マンマを「母」と「ご飯」両方の意味でつかう子供がいる。またひとつのものに2通りの言葉をあてはめたり(一時的なものであったが、ココとカギの関係。また、アンンとバナナの関係については、確かに葵は耳で聞く時にはこの両者を同じものと見なすが、自分で話すときはアンンしかつかわない)、分類の細分化(マンマとアンンの関係、あるいはワンワとニャンニャの関係)などもおこなっている。たとえば、ネコはワンワッでありかつその中のニャンニャでもあるが、イヌはワンワッであり、ニャンニャにはなり得ない。ただしこれらが本当に概念の階層化によってひきおこされているのか、単に概念を修正するさいの過渡的な現象であるかは、今後の推移をみまもる必要がありそうである。

アンン・ビンン・メンンやマンマ・マメ・モモにみられる音韻の類似性は、ものの属性とその発音を関連づけているようで非常に興味深い。別の面から考えればすでにこの時期に、構造的な言葉の生成をうながすなにものか(文法?)が、現れはじめているといえるかもしれない。しかもそれは葵が独自に造語した言葉でありながら、日本語の語順構造と共通している点がおもしろい。すなわちア+ンン・ビ+ンン・メ+ンンと考えれば、ンンという果物一般をあらわす語根を、ア・ビ・メという接辞が修飾していると考えることもできるのである。

最後に発音について書いておく。母音の発音は、ビーランビーランからもわかるが、u e の発音は比較的むつかしいようである。それにたいし a の発音がもっも早かった。初期のうちは連続的なさまざまな母音を発声していたが、しだいに日本語の母音に収斂しているようである。

子音の発音は、b p m など唇で空気の流れをコントロールする音の修得がはやかった(耳で聞くとbとpの発音の違いは明瞭ではないが、本人は区別しているようである)。続いて舌先で空気を止める t d n、さらに舌体と口蓋を使う k g が発音できるようになった。今のところ、舌先と口蓋を使う r や摩擦音 s z f hなどはうまく使えない。

■おわりに

まだまだ書き足りないことは多いけど、とりあえず気がついたことを記録しておきます。なにかの参考になればさいわいです。親馬鹿研究は端緒についたばかりです。今のところ単純な事象が多いのでなんとかフォローできるけど、これから複雑になってきたら大変になることは目に見えています。人間というのはまったくやっかいな生き物ですねぇ。


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