【狂62】見えないものでも見えてしまう

95/2/16

■このあいだ名古屋の地下鉄の駅で、8ヶ月くらいの赤ちゃんを連れている夫婦をみかけました。どうもちょっと様子が違うので気になって見てみますと、お二人とも目が見えない方のようでした。両親は目が見えないのですが、赤ちゃんはぱっちり目を開いてあたりをきょろきょろしています。

■二人はその赤ちゃんに、しきりに話しかけていました。赤ちゃんは言葉も判らずまだモソモソしているだけでしたが、二人は目が見えなくても声や体の動きから、赤ちゃんの様子がよく解っているみたいでした。そしてまるで赤ちゃんの表情が見えているかように、「ほら電車がきたよ」と話しかけ、地下鉄が近づいて来て、少しこわばる赤ちゃんの反応を楽しんでいました。

■電車の中では窓ガラスの近くに立ち、赤ちゃんを抱いていたお父さんは、窓枠の位置を手で確かめると「ほら窓から外を見てごらん」と赤ちゃんにのぞきこませていました。もちろん地下鉄なので、外は真っ暗なのですが、「見える」ということがどういうことなのか本質的に理解できない彼が、自分の頭の中で「見える」という状態を想像して、赤ちゃんにそれを教えているのだと思うと、なにやらとても感動しました。「窓=見るところ」という私にとっては自明のことですら、彼にとっては他人に対しする理解の積み重ねの上で獲得された知識であり、日常生活の中でそれを使うというのはとんでもない能力だと思います。

■たまたまその場所が地下鉄であったために、彼の意図は正しく赤ちゃんに伝わらなかったかもしれませんが。それにしても、私たちがふだんおこなっているコミュニケーションだって、実はこうした多くの飛躍によってなりたっているのではないでしょうか。

■人間は見えないものでも見えるのですね、というお話しでした。


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