[KOK 0229] こくら日記のトップページにとぶ 06 Jul 2003

神の島・沖ノ島に行く

 

神の島に行った。宗像大社沖津宮、田心姫神が祀られた、玄海に浮かぶ孤島、沖ノ島。

海の正倉院と呼ばれ、太古より日本や大陸から集められた無数の神宝が原生林に屹立する岩屋の陰にまつられている島。たったひとりの神官をのぞいては、常人が立ち入ることのできない島。いまだに女人禁制で、たとえ男であってもその森に身を入れる者は、生まれたときの姿で禊ぎを求められる島。

その島のことを知ったのはいつのころだったろうか、長い間その島を訪ねてみたいと考えながら、しかし、それをかなえるすべを思いつかなかった。

チャンスは思わぬ所からきた。私の部屋に出入りしている学生が、たまたまこの島で港湾工事をしている会社の人と飲み屋で隣になった。常々私から沖ノ島の話を聞いていたその学生は、無理を承知で「島に連れて行ってもらえるか」と尋ねたところ、「よかろう」との返事をもらったというのである。飲んだ席での話である。相手にはこちらの連絡先は伝えてあるが、どれほどあてになる話かわかならかった。そのうえ工事の日取りは不確定だった。天気次第とのことであった。最初のうち3月中だといわれながら、何度も延期された。そんなことが繰り返されるうちに、やはり難しいのだろうなとあきらめかけていた。

ところが5月18日の日曜日に突然連絡が入った。「今日の深夜の12時に若松の埋め立て地から出発する」と。無茶な話である。しかしその日の夜半過ぎには、私は船に乗っていた。このままどこかの国に拉致されたとしても目撃者はいないだろうと思しき暗い埋め立て地の岸壁から、作業船は静かに出航した。

早朝、垂直に立ち上がる荒々しい岩壁が霧の中に浮かび上がった。神の島だ。岩は遙か数十メートル頭上から覆い被さるように海に突き出ていた。島の周りには無数の海鳥が舞っていた。岩をおおう原生林は、透明度の高い水面に青く濃いかげを落としている。その圧倒的な存在感。

北九州から夢時間。わずかなあいだ寝ているちに、こんな世界が現れるとは全くの驚きだった。

島は、その自然豊かな世界とは対照的に、テトラポットで過剰なまでに整備された港湾を持っていた。神官がただ一人守る孤島だと聞いていたが、港には漁師の船が数隻立ち寄り、まばらに人の姿もあった。電気も水道もテレビも、携帯電話さえ島では使うことができるという。これならヴァヌアツやソロモンのごくふつうの島のほうがよっぽど孤島かもしれない。

飯場のようなプレハブ立ての社務所にたちよって、10日おきに島を守る神官さんに挨拶をすると、ともに朝の禊ぎをおこなうことになった。これで神を祀る森の中に立ち入ることができる。5月といってもまだ海の中は春の初めだ。冷たい水に身を沈め、手を合わせ祈る。

「お祓いもしますか?」スニーカーをはきながら若い神官さんは尋ねた。どうしたものかと思いながら曖昧にうなずく。「ではお宮に参りましょう」。島の周囲は崖になっており一筋の階段が森に向かってのびている。一の鳥居をくぐり木陰の山道を登っていく。細い篠竹の藪が揺れるたびに鳥が騒ぐ。このあたりを流れる黒潮の影響だろうか。森の中は妙に湿度が高い。虫たちが羽音を立てて忙しく飛び交う。生き物の気配をそこかしこに感じる。きれいに掃き清められた参道を上り続けると、やがて巨大な岩と老齢の木々に挟まれような形で苔生した社が現れた。沖津宮である。

若い神官は手早く着替えると、神と交感する仲立人の顔になった。かしこみかしこみ、もぉーすぅー。海のすなどり(素魚獲)人の豊穣と国家国民の安寧をひととおり祈ったあと、私のかしらの上におおぬさを二度三度と振りかざす。禊ぎをしたうえにお祓いである。ふだんから神仏とは無縁で初詣にすらいったことのないアニミズム信者の私は、この生命あふれる森の中で、生誕以来たまりにたまっていた穢れを強力にクリーニングしてもらったわけある。

沖ノ島は別名「お言わず様」ともよばれ、島で起きたことを語ってならないとされている。したがって、残念ながら女人禁制の島で密かになにが行われているのか、このあと我々の身に起きた神秘の数々や、島の不思議についてこれ以上ここに書くことはできない。

オオミズナギドリの巣穴がそこかしこにある崖、人の体ほどのオオタニワタリが繁茂する森、海に向かって崩れ落ちそうな大岩、握り拳二つ分をはるかに超えるサザエが生息する荒磯。そんな島の大自然を味わいながら、清らかな実存として再生した私は2日間の滞在を終え俗世間に帰ったのである。

さて、あれから一ヶ月以上たち、かなり俗化してしまった私であるが、おりしも7月1日より宗像大社にて、沖ノ島大国宝展がおこなわれている。急な話ではあるが、7月8日の火曜日あたりに参ろうかと考えているが、同行される方どなたかおられるか?


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