シンボルの息子

[KOK 0162]

24 May 2001


妊娠中の奥さんを国において天皇明仁さんの息子さんがオックスフォードに遊びに来ているらしい。

先週の日曜日に、ロンドンの祭りで阿波踊りを踊っていたという話を聞いたが、そのあと火曜日くらいからこちらに移動したようだ。

オックスフォードは人口10万で、繁華街もほんとに小さいし、住んでいる日本人の数もたかがしれているから、「ニューカレッジの前ですれ違ったときに話しかけられた」とか「昨日は川沿いのパブで見かけた」なんていう情報がすぐに流れる。

日本にはイギリス人よりもイギリスのことについて詳しい人がたくさんいるが、極東の島国の王子なんてイギリス人は知らないしあまり興味もない。まあ、われわれだって、デンマークやノルウェーやタイやトンガやブータンの王子なんて知らないしあまり興味もないのと同じことだ。

だから彼もここならわりと気楽に歩けるらしい。それにオックスフォードには彼の母校もある。おおかた若い頃を懐かしみながら昔通ったパブにでも顔を出しているのだろう。

そんな話を同僚のイギリス人としていると「なぜ日本の天皇はいまだにエンペラー Emperor なのか」と尋ねられた。言われてみれば確かに世界に King はたくさんいるが、現在エンペラーと呼ばれる人物は、僕の知る範囲では他に一人も思い当たらない。

しかも「帝国の逆襲 The empire strikes back」「帝国主義 imperialism」なんて言葉を見てもわかるように、今の世の中で Emperor というのはあんまりいいイメージではない。

ぼくは、「しかし、日本は民主主義の国で、彼の存在は象徴 symbol ということになっている」と答えると「へぇ、シンボル?」とさらに不思議そうな顔をした。

ぼくの訳しかたが悪いのかと気になって、インターネットで日本国憲法を探してみると、その公式の英訳にもやっぱり Emperor とあるし symbol とある。

第 一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位
は、主権の存する日本国民の総意に基く。

Article 1. The Emperor shall be the symbol of the State and of the unity
of the people, deriving his position from the will of the people with
whom resides sovereign power.

ところでこの第一条で、昔から気になっていることがある。それは「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という一文である。

これを文字どおり読めば、定期的に投票なり調査なりをして、多数決かなにかで国民の「総意」を確認する手続きが必要な気がするが、生まれてこのかたそういう問い合わせを受けたことがない。

それともこれに対しては、「彼が存在していること自体がすでに国民の総意なのだ」という転倒した解釈がなされているのだろうか。しかしこの転倒には、まるで「子供を産む性は女性だ」という言説を「女性は子供を産むものだ」という言説に置き換えてしまうような論理上の無理を感じる(しかし日本ではしばしばこういう無茶がまかり通るのも現実)。

英訳の方を読んでみると、"from the will of the people" とあって、総意の「総」が落ちている。厳密さを期して訳せば"from the will of all thepeople" とあるべきだろう(そしてwhom 以下の文章の主語は複数形に)。しかしそうするとやっぱり国民投票が必要な感じになってくる。そこでかわりに登場したのが「あいまいな私個人の意志」なのだろうか。なんだか、どさくさに紛れてチョロまかされた感じがする。

それはともかく、天皇の息子さんは明日の金曜日までオックスフォードにいるらしい、ディスカッションとディベートはオックスフォードの名物だから、昼飯時にあう機会があったら聞いてみよう。

New▲ ▼Old


[CopyRight]
Takekawa Daisuke