22 Apr 2001
■テムズ川沿いの散歩道はポートメドウという氾濫原につながる。5月になるとそこは金色の絨毯を敷き詰めたようにキンポウゲの花が咲き誇る。うららかな春の日の、ほんの1週間ほどの短い出来事である。「あの草原をもう一度歩ける」それはイギリス滞在中の大きな楽しみの一つだった。
金色の草原
■もし履歴書の趣味の欄に堂々と「散歩」と記す人ならば、イギリスは、そういう人種にはたまらない国だろう。川沿いや丘の稜線のいたるところに散歩道が続いている。散歩道といっても半端ではない、延々と何十キロも続くものもある。こうした散歩道のたいていは幅が一メートルほどで、舗装もされておらず、木々や草原の間をくねくねと進む。車道をさけて街から街へ道は続く、野イチゴの藪をぬけ柳の下をくぐり小川をわたりながら。
■イギリスには Rights of Way という公に認められた権利がある。直訳すれば「通行権」。でもニュアンスとしては「道を歩く権利」つまり「歩行権」である。この権利はなかなかに強力な権利である。たとえばオックスフォードのあるカレッジが、70年前に敷地内の川沿いの道を一部閉鎖したことに関して、いまだにその道を散歩する権利を巡って抗議運動がおきているほどなのだから。
■この段で言えば、ごくあたりまえの歩道すらろくに整備されいない北九州は、信じがたい歩行権後進地である。ここがイギリスならたちまち暴動が起きてもおかしくないだろう。後の世にいうペデストリアンの乱である。
歩行注意
■この基本的人権に匹敵する大切な権利も、時と場合によっては制限を受ける。むろんそれはよほどの非常事態である。昨年の洪水で川沿いの道も水に浸かってるという話を聞いたが、実際に行ってみるとこんな看板があるだけだった、「洪水のため散歩道は壊れています、よく注意して歩いてください」。たとえ川が決壊していても、そんなことではイギリスの散歩好きは負けはしない。
決壊していようがなんのその
■ところが、万国の散歩者にとって思いもよらぬ伏兵があらわれた。口蹄疫である。イギリス中に蔓延したこの病気は、人間にはうつらないのだが、靴の裏についた泥によって家畜に感染する。その結果、牧場を通り抜ける人々がウイルスの媒体とされた。
■まさに非常事態である。政府指導の戒厳令によって歩行権は制限をうけ、イギリス全土の散歩道が至る所で閉鎖された。まさに散歩者にとっては牛肉の値上げよりもゆゆしき問題である。
口蹄疫
■最初に書いたキンポウゲの草原も、残念ながら今年は柵の外から眺めるだけなのである。
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