真夏の怪談

[KOK 0105]

13 May 1999


あらゆる地上の存在を焼き尽くすかようなシマの昼時間は、紫色の夕刻とともに西の海に去っていった。涼しげな海風が窓から入ってくるころに、穏やかな癒しの時が始まる。

薄汚れた鉄筋コンクリートの建物のなかには、内地から来たばかりの大学生たちが、寝泊まりしていた。退屈な日常をふり捨てるかのように、朝から集落の路地を巡り、午後には美しい海でさんざん泳いだ大学生たちは、なにからなにまで新鮮な沖縄の風景に圧倒され、冷たいビールですっかり夢の中におちてしまった。波の音のように聞こえるのは、だれかの寝息。

そんな、静かな夜。ふと気づくと部屋の隅のほうで、かぼそい声が聞こえる。ヤモリの鳴き声?いえ、たしかに人の声のよう。だれだろう。暗くてわからない。

よく聞いていると、それはどうやら女のすすり泣き。そして、泣きながら女は、繰り返しつぶやいている。

「ミミダケクロ・・・・チャウ」「ミミダケクロ・・」意味がよくわからない。シマの言葉?なにかの呪文?

するとそのとき、雲に隠されていた月の光が窓からさしこんで、部屋の中がほんのり明るくなった。すすり泣きがきこえる方向に、ぼーっと浮かび上がった白い影。思わず上半身をおこすと、泣いてる女が顔をあげた。

「ミミダケクロクナッチャウ」女はゆっくりそういった。

それは、生まれて初めてのんだ一杯のビールに陽気になったあげく、いちはやく寝入った大学生のひとりだった。「耳だけ黒くなっちゃう」

「今日、初めて珊瑚の海で泳いでぇ、ヤッちゃん、とっても楽しかったのにぃ、日焼け止めクリームを耳に塗るのを忘れたからぁ、耳だけ真っ黒になっちゃう、ぐっすん」泣きながらそう訴える彼女は、まだ酔っていた。

まさに現代の「みみなしほういち」ともいふべき、悲しき物語であらう。

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Takekawa Daisuke