ソロモン流「生き豚」が「食べ物」に変わるまで

殺す
[とれるもの:血]

豚の殺し方には、様々な方法がある。

もっとも「近代的」な殺し方は、おそらく電気ショックを与えてやることであろう。その際、自分が感電して肉にならないようにするのはいうまでもない。ほかにアルコールなどの薬物の注入も「近代的」といえる。

沖縄では鼻をひもで縛って引っ張っておき、ナイフを頸動脈に刺すというやり方がおこなわれていた。不思議なことに豚はおびえるとなぜか後ろにしか進まなくなる、だから鼻を縛っても引いても前に向かってくることはない。足を踏ん張る豚の顔の下にナイフを入れ、一瞬でけりをつける非常に高度でスマートな屠殺方法であった。

まあしかし素人向けには、ハンマーで頭をたたき気絶させるという手がもっとも一般的であろう。ハンマーは思いきり振り上げ躊躇なく脳天を直撃しなければならない。豚が気絶したら速やかに首筋に長めのナイフまたは包丁を刺し頚動脈を切る。頚動脈を探すときナイフを肉の中で上下に動かす。

切り口を広げると血が大量に出るので切り口は小さめにする。また長いナイフであればここで首から一気に心臓を刺すという方法もある。切り口から溢れ出た血は容器に受けて取っておき後で料理に使う。血は十分に抜くこと。

ソロモンでは豚を海に沈め窒息死をさせていた。しかし豚をいたずらに暴れさせると肉がまずくなるという指摘もある。また完全に死んだ豚は血が抜きにくい。

毛を焼く
[とれるもの:目]

焚き火を起こし炎で豚の表面をあぶり焼きにする。このとき木の棒などで足を固定し豚を吊り下げると作業がしやすい。また、目は生で食べる物なのでスプーンなどを使ってくり抜いておく。

あぶり焼きにされた豚は毛が燃え表皮がヤケド状になる。特定の部位を適当にあぶったら今度は場所を変えて炎をあてる。ヤケド状になった部分をカメノコタワシまたは木の板などでこするときれいに皮がむけていく。焼きながら皮をむいていくと効率がよい。皮がむけにくければその部分をもう一度よくあぶる。

この作業は単純な割に時間がかかる。一時間以上かけて念入りにおこなうことが肝要である。こうして頭や足などを残してすべての毛と表皮をはがす。豚はつるつるのお肌になる。表皮さえはがれていれば、焼きむらがあってもまったくかまわない。

内臓を取る
[とれるもの:内臓一式・血]

豚を仰向けにし、首の部分を横に、そこから肛門にかけて縦に、T字形に切れ目を入れる。縦の切れ目は、内臓や腹膜を傷つけないように、ナイフを浅く刺し丁寧に引く。腹膜が多少切れるぶんにはかまわないが、内臓は切らないようにする。腹が完全に開いたら食道と直腸の部分を切り、すべての内臓を塊のまま丁寧に取り出す。そのあと腹腔にたまった血を小さな鍋などで汲みだす。

消化管は縦にさき、水の中で内容物をすべて洗い流す。よく洗わないと臭い。

頭をおとす
[とれるもの:頭皮・鼻・耳・脳]

先程入れたT字の横の切り目に沿って頭を落とす。頭は側面や背面からもナイフを入れ、背骨だけでつながっている状態にする。最後に頚骨の関節を一つはずせば取ることができる。格言「骨を切らずに、節を切れ」

はずした頭は、毛を焼き、鼻と耳を取る。そして下あごから縦に切れ目を入れ、横に肉を削いでいく。最後に脳を取り出す。脳は壊れやすいので注意して頭骨を割ること。そのあときれいな水の中で細かい脳血管や脳膜を丁寧に取り除く。

あばらをはずす
[とれるもの:排骨肉・豚骨]

両サイドから背中の方にむけて、あばらの側面に沿ってナイフを入れていく。肉はなるべくあばらにつけず、背中側に残すようにする。両脇のあばらから肉をはがしたら、あばらの付いている背骨と背中の肉を分離する。頭から尾の方へ、背骨と肉を分離していき、途中のあばらの終わったあたりまで来たら、いったんそこで脊椎関節を切り背骨つきのあばらを取りはずす。

取りはずしたものは、あばらに沿ってナイフを入れ、排骨肉のついたまま外側に折れば簡単に背骨からとることができる。

背骨をはずす
[とれるもの:ひれ肉・豚骨]

後ろ足の骨を骨盤の関節からはずす。後ろ足の骨と骨盤をつないでいる腱をすべてきればきれいに脱臼させることができる。この段階ではまだ後ろ足を付けておいたままでいい。

先程途中まで分離してきた背骨を、最後の尻尾の手前まで背中の肉からはがしていく。その時に背骨の両脇に二本の棒状のひれ肉があるので、それは背骨といっしょに切り取る。

肩甲骨と足をはずす
[とれるもの:豚足]

肩甲骨は肩の部分にある三角形の骨である。背骨のあったところから肩甲骨の下側にナイフを入れ、肉から肩甲骨をはがしていく。前足のところまで到達したら肩甲骨と前足をつないでいる関節をはずす。こうして両側の肩甲骨を取る。骨側に肉をなるべく付けないようにはがすこと。

続いて足を取る。まず表皮の側から足の回りを丸く切り取る。このときも肉はなるべく足の方に残さないようにする。足を引っ張りながら切るとはずしやすい。ちょうど本体の足の部分に四つの穴があいた状態で、足が取りはずされる。足は料理する前に毛を焼き落とし、蹄の中までよく洗う。

あとは肉だけだ
[とれるもの:さまざまな肉とラード]

ここまでとどこおりなくことおこなえばそこには、長方形の肉の板があるはずである。しっぽ以外のよけいなものはすべてはずされ、あとは肉が残るだけの状態である。ここからは人海戦術で作業を進めると楽であろう。

四角く広げた肉をしばし鑑賞したのち、背骨の線に対して垂直に、肩肉、胸肉、腹肉、尻肉とおおまかに4つくらいの短冊状になるよう肉を切る。さらにその短冊肉を適当な大きさで小さく横に切っていき、名古屋名物「青柳ういろう」のような肉のブロックを作る。

そのブロックの下側、つまり皮の部分についているのが三枚肉(バラ)である。ここで白い脂身に沿って切れば、皮付きの脂肪層だけを取り外すことができる。三枚肉は「皮付きラフテー」にしてもおいしいが、大量にあるので鍋に入れ火にかけて、ラードを取ってもいい。

おしまいに

こうして「生き豚」はすべて「食べ物」と化した。あとはおいしい「料理」にするだけである。ここから先は、いずれまた別の機会に語られるであろう。

書き忘れたが作業の前には必ずナイフをよく研ぐことが肝腎である。




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